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「はちやさん」とは?

「蜜蜂と遠雷」の風間塵

里山の音楽教室は、
だんだん寒くなってきた。


廊下の片隅にピアノが
置いてあっても
暑い夏に
扇風機ひとつで過ごしても


子どもたちや
保護者の皆さんはとても熱心で
いつの間にか
教室は満杯状態になった。


師走に入るとさすがに寒くなり
石油ストーブを使用した。

座卓は、こたつに変わり

生徒さんはこたつに暖まりながら
ノートやソルフェージュをやっていた。
部屋といっても廊下である。


暖房器具だけでは 
中々暖かくならない。


私はコートが脱げず
いつも着たまま
毛糸のソックスを持参し
使い捨てカイロも必要だった。


柱にある室温計はいつも一桁だった。
室温5℃という
外気温と変わらぬことも
珍しくなかった。


寒くて手がかじかんでも
子どもたちは
一生懸命ピアノを弾いた。

ある日、

くノ一ばあちゃんが
「今日から、はちやさんが来てるから」
と告げた。


「はちやさんって?
だれなんですか?」


「先生は、
はちやさん、知らないの?」
くノ一ばあちゃんは、
珍しそうに私を見た。


「はちやさん」とは
養蜂家で
蜜蜂を連れて
こちらまで
毎年やって来るらしい。

「風間塵」のお父さんと一緒である。


しかし、
花もない冬にやってきて
暖かくなる
3月になると帰るので
どういうことかと疑問だった。


本拠地の秋田では
冬が寒いので
こちらで蜜蜂の冬を越して
春先に帰るのだそう。


越冬期間中
くノ一ばあちゃんのところを
間借りしてるのだった。


当然、
はちやさんは離れで寝起きし
廊下はピアノ教室

そして、
障子を挟んで和室は
はちやさん夫婦。


なんとも奇妙な、はちやさんとの
同居音楽教室の冬だった。