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くノ一ばあちゃん

忍者みたいなばあちゃん

冬の間の
はちやさんとの同居は
慣れるまで時間がかかった。

しかし、毎年のことなので
生徒さんは当然のごとく
レッスンに集中し、
夕方、はちやさんが在宅していれば
私語を慎しんだ。


時折り、障子の向こうから
流れてくるテレビの音や
しゅんしゅんと沸く
やかんの音にも

新参者の同居人の私は
だんだん気にならなくなった。


声こそかけるが
あまり顔を合わせることもなく
はちやさんも
遠慮がちに気を遣っているので
話すチャンスがなかった。

養蜂家の仕事や、蜜蜂のこと
チャンスがあれば
聞きたいなぁと思っているうちに

いつの間にか、
きれいに片付けられて
また、いつものがらんとした
和室に戻っている。


陽射しがまぶしくなって
春になってくると
ようやく
身体の芯まで冷えきってしまう
レッスンから解放される。
いつものように
くノ一ばあちゃんによばれて
お茶をごちそうになり
お喋りをしていると
 
 
「先生、これ持って帰る?」
と、瓶を差し出した。
 
「なんですか?これ?」
 
くノ一ばあちゃんは、
知らないことが多い私に
穏やかな微笑みを浮かべ、お話する。
 
 
「これね、はちやさんが置いていったの」
 
瓶の中身は、蜂蜜だった。
 
でも、蜂蜜に見えない。
乳白色よりクリーム色で
低温で固まっていて
薄い色をしたバターのようだ。
 
無添加で
加工していない蜂蜜は、
あめ色ではなく
 
むしろ白っぽくて
蜂蜜独特の匂いがしない。
しかも、固まった状態であれば
平気で1、2年保存可能だそうだ。
使う時は湯せんする。
 
一度も蜜蜂を見ることなく
蜂蜜だけ頂いた
養蜂家のはちやさんと
忍者みたいなくノ一ばあちゃんは
どうしているのだろう?